実戦問答No.13


せっかくがんばったのにむだになってしまったのですね~共有の深さとアクションラーニングセッションの成熟度〜 
(2011.05.25)

ある会社のアクションラーニングセッションで、こんなことがあった。

その問題提示者メンバーは、ある業務の改善をしなければならないと指示されているマネジャーである。色々質問されると、改善の筋道もそれなりの頭に描いているようだし、キャリアも十分だ。「じゃあ、あとはやればいいじゃないですか。」セッションにこんな雰囲気が漂い始めた。

が、どうも本人の表情が冴えない。「どうしたのですか、そんなお顔をして」とおたずねすると、実は数年前にもそのような取り組みを指示されていた。ずいぶん時間をかけて分析立案したが、結局色々な社内政治的状況の変化でうやむやになり、「すっかりむだになってしまった」。今回風向きが変わり、再びの指示となった。が、またどうなるかわからない。「だから今度はあまりやる気がしない。どうせまたうやむやになってしまうのだろうから・・・・・。」と言う。

コーチであった私は、このあと黙って様子を見ていた。この次どんな展開になるかが、セッションの成熟度が現れるところだ。このセッションは、まだ日が浅く「若い」。案の定、他のメンバーから「あなたがそんなことを言っていたらいけないでしょう」「以前は以前でしょう」「組織の上を動かしてゆくことがあなたの役割ではありませんか」と言った前向き、建設的な質問ふうな意見が次々出てきた。

まずここで、特にアクションラーニングコーチを勤めようと言う人に言って置かねばならないことがある。上記のような発言は、「意見なのか質問なのか」などとただすことは、全く意味がないと言うことだ。大事なことは上記のような発言が、問題を共有しよう、問題提示メンバーを心から支援しようと言う意思により行われているか、だけである。そうなら、黙って見ていればいいし、そうでないなら、介入すればいい。黙って見ていれば良いときに、「意見になっていますから質問の表現に変えてください」などとコーチが介入するのは全くの時間のむだであるばかりか、メンバーの習熟度が高い時には「?」と言う表情をされ、セッションのリズムがすっかり狂う。

この場は、まあ5分5分だった。この点が、このひとつ前の実戦問答のように「理想郷」に近づいたセッションと異なり、まだ「若々しい」セッションなのである。5分5分ならまだ黙って見ているしかない。共有、支援、学習の方向に、コーチである私よりも、メンバーの誰かが向ける方が、このチームにとって有益であるからだ。
 

 

しかしこの日はそこまでは無理だった。やがて発言が「おまえやる気あるのか」「そんなうしろむきな考えじゃだめじゃないか」と、支援したい熱意があまってやや圧迫的な雰囲気になった。自分が他のプロジェクトでいかに修羅場を乗り切ってきたかを一生懸命説明するメンバーもいる。しかし問題提示者の状況、前提条件と符合していない。人は自分の成功体験から逃れがたいと、アクションラーニングの創始者レグ・レバンスは繰り返し訴えたが、まさしくその通りの場面だ。それは私も当事者だったらきっと同じことかもしれない。この場合は私が、外部コーチと言う立場で一歩距離があるからそれがわかるのである。

ここで「まあまあ」と私が介入する。次に私が何と言ったか、アクションラーニングに興味をお持ちの読者にはひと呼吸置いて考えて欲しいところだ。私はこう言った。

「お顔色が冴えない理由をお聞きしたら、せっかく守秘義務がらみのホンネを語ってくれたのです。私たちはそのつらい彼女のホンネを、まずしっかりと受け止めましたか。」

「・・・・・」

メンバーが静かになった。

「彼女のお気持ちを私たちは共有したと言えますか。」

同じことをもう一度聞いた。

「先生、私たちは共有しているつもりですが。」

「だとしたら、いきなり『もっとがんばれ』と言う前に、たとえば、『そう、せっかくがんばったのにむだになってしまったのですね、それは残念でしたね』と言った質問が、どなたかから出ましたか。」

「・・・・・」

「以前だめになったのは、どう言う具体的経緯があったのか、どなたか質問しましたかね。」

「・・・・・」

ここで2、3のメンバーが、はたと膝を打つようなしぐさをした。

「そうですね、やっぱり私たちは共有が足りなかった。せっかくの研修会なのだから、まずそこですね。」

 

「そう、そこをしっかりしないと、どんな前向きな提案を言われても、問題提示者はよけいに浮かない顔になってしまいますよ。」

ここで場が深呼吸をするように、全メンバーが、いったん無言で態勢を整え直した。時間にすれば十数秒のことだろう。そのあとが不思議だった。問題提示のマネジャーが、自らこう言ったのである。

「いえ、皆さんのご支援のお気持ちはよくわかりました。どうせ何をやってもうまくゆかないだろうという私のネガティブ思考がよくなかったのです。これからはもっと前向きに物事を考えてゆきたいと思います。」
 

 

深呼吸して改めて共有したことが、セッションの成熟度が一歩深めたようである。このメンバー達は、あと何度こう言うセッションを共有すれば十分に成熟して自律し、私は来る必要なくなるのだろうか、と最後は考えていた。



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