実戦問答No.10


評価における精密さと公正さの関係~やってみて意味ありましたか~
(2011.4.24)

ある時、久しぶりに人事制度の改善に手を着けようと言うある会社から、再度呼ばれて相談した。そこには、人事担当役員の他、旧知の人事部長と、その後昇進してきたマネジャーなどがいた。多くの論点があったが、やがて管理職等の業績評価の公平性をどう担保するかと言う話題になった。成果主義導入前後で論じ尽くされたはずのこのテーマが、どうして今さら論じられるのだろうか。そこには、人事制度、人材マネジメントを考える本質が含まれているからである。
 
その何年か前の時には、業績評価のための目標管理をやりたいと言うお話だった。私は、「評価自体はなるべく簡素なシステム、運用とした方がよいですよ、但し評価の当否の話し合いは必要なら徹底的に行ってください。」といつもの持論を助言申し上げた。その折り、「しかしこのくらいはプログラムして置きたい」と言う事で、私の少し渋い顔を尻目に、会社側として、設定目標の各ウエイト(百分の何パーセントか)と、各目標の難易度を3段階設定して、掛け算と足し算をして、その結果を「尊重」して評価するしくみとした。
 
「尊重」と言ったのは「機械的」でないと言う意味で、この柔軟さがそれでもずいぶん、後の運用を助けた。 今回の改善は、どちらかと言えば、管理職、一般職の活性化そのものが主眼で、ようやく本意と言うべき領域に移ってきたと言ってもよい。人も組織も、学ぶには時間がかかるものだ。が、こうした経緯を知らないその新しいマネジャーがここで意見を述べた。
 
「もう少し精密な評価基準にしないと、いつまでたっても公平と言うことにならないのではないでしょうか。」
 
その座にいた他の人は、経緯を皆知っている。皆一瞬黙った。私はにやりとして、旧知の部長に語りかけた。
 
「部長、ご質問ですよ、いかがですか。」
 
「いや・・・・・それは・・・・・」
 
答えにくそうである。私がかつて渋い顔をした時に、そのウェイトやら、難易度やらを導入した実務担当者であり、今はいない彼の上司がそれを推進していた。
 
「どうですか。こういうのは?やってみて意味ありましたか。」
 
こう言う質問は少しも湿りけを残さずからりと言うのが、コンサルタントのコツでもある。「よいお勉強になりましたね」と言ってもよい。
 
「そうですね・・・・・」
 
「・・・・・意味なかったでしょう。」
 
「そうです。いや、意味なかった・・・・・」
 
言葉には深い実感がこもる。
 
「わかりましたか。」
 
マネジャーの方を見て私はまたにこりとした。
 
「はあ・・・・・」
 
論より証拠と言うが、どんな時にも経験にまさるものはない。誰も痛い目にあっていなければ、机上論が通ってしまう。不幸な事に、成果主義の初期にはそうした失敗例が山と積まれた。この場は、彼以外の全員が、無益な書類上の記入や計算を長々させられたと言う「痛い目」にあっている。論じ合う必要もない。指折って数えたが、7年間それを行った。
 
ここでは、問答やその情景を伝えるのが目的だからあまり理屈の説明はしない(そうでないと長くなり過ぎてしまう)。この問題の当否に更にご関心のある読者は、恐縮だが拙著「ポスト成果主義の人づくり組織づくり」の関連箇所をご覧頂きたい。ひとつだけ言うと、物事を行う前に、全ての状況変化を折り込んだ、事前のとても便利な機械的尺度などは、誰にもつくることはできず、それをつくろうとするなどは全くの徒労だと言う事である。 では私たちには何ができるのか。まだ少し会話が続く。
 
「だから逆に、『難易度などのそれらはもう皆廃止して、業績評価は、目標設定に書いていない事も含め、一切合切の事実が確定してから事後的に総合判断してきちんと行う』と改めたら、どうですか。」 

「そうですね。」
 
「毎度同じ事を申し上げますが、部下の評価の適正さを担保するものは、上司の人間力、能力以外ないのですよ。」
 
人事担当役員がここで深くうなづいて言った。
 
「そう、制度はそれなりにつくりこまれているのだから、これからは本当にそこに力を入れないと。」

部長が言葉を継いだ。
 
「実は、組合員の評価についても、組合幹部からもそこを相当言われています。いくら評価表が立派でもそれを運用する管理職をしっかり訓練してくれないと、仏つくって魂入れずだと。これからもその辺をよくアドバイスお願いします。」
 
何も管理職の業績評価だけでなく、一般社員の評価も理屈は全く同じである。
 
最初に問題提起したマネジャーは、表情を見るとまだ完全に理解できてはいない。当然だろう。7年経験を積んで体でわかっているのと、今言葉で数分で説明されたのとで、すぐに同じになるはずがない。ただし、時間は有限なので、すべてを体験する事はできないから、他人の体験に学ぶ事は、何の分野でも最も大切である。いちばん若い彼がこの時の情景を忘れない限り、この会社の人事制度運営は、一応大丈夫だろう。
 
人事制度の立案、設計も、他の専門分野と同じく、いちばん大事なものは経験であり、次は歴史に証明された客観的結果である。ところがなぜかこの分野だけは、そう言う事をさして踏まえず、頭の中だけ、机の上だけで考えたその時々の思いつきを言っても良いと思われている、誠に不思議な領域でもある。今後人事制度の改善をなさる企業は、自分の組織を人体実験の対象にするような結果に陥らないよう、どうか気をつけて欲しいと思う。薬の研究開発の情報ほどには精密膨大でなくとも、こうした治験の結果はそれなりに把握する事ができるのだから。

 


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