月刊人材マネジメント連載記事その5


「横山太郎が語る現場のアクションラーニング」その5

   〜アクションラーニングの成否を分ける質問力〜 (2011.06.26)

第5回 アクションラーニングの成否を分ける質問力

 

アクションラーニングの入り口は、とりあえず問題解決である。質問力の効用はまずそこにはっきり現れる。

 

問題解決と言うと、すぐにロジカルツリーを書いたりする論理的思考などを思い浮かべる。あれは分析の道具としては有用かもしれない。しかし、分析と言うのは問題解決の半分でしかない。もう半分は、意思決定と実行であり、一般にこちらの方がずっと難しい。適切な質問力はそのどちらにも有用である。そればかりか、実はその前半の分析ですら、そうしたツリーなどの道具が、私たちが冷徹に現実と向き合うことを、十分に助けているかと言えば、心もとない場合が少なくない。質問はそこでも威力を持つ。

 

例えば、読者にとって今いちばん重要な問題を思い浮かべて欲しい。それを分析する時に、他人に指摘されて初めて、自分が気づいていない所に本質的原因が見つかったと言う経験はないだろうか。自分にとって一番いやな事実、見たくない事実を、原因の第一としてそうしたロジカルツリーに自発的に必ず挙げているだろうか。根本と思われる原因を、上司が聞きたくない、聞けば機嫌を損じるとわかっている時に、報告書に明確に書くだろうか。このような状況から常時脱却した真の自律自在の人材は少ない。私たちは、ひとりぼっちでは、自分の立場、利害、固定観念から離れて問題だけを見つめる事は(本当はそれこそが長い目で自分の立場や利害を守る道なのだが)まず難しいのだ。まして、問題解決後半の意思決定、実行となると、そうした従来の手法は、あまり効力を持ち得ない。

 

こうした人間性の本質に根ざした状況に対してほとんど唯一有効なのは、共有、支援、誠実、友情などに富んだ仲間、同僚からの質問なのである。私たちが人生の節目において大きな影響を受けたのは、肉親、親友、教師、上司その他、本当に親身になってくれた方々の自分への真摯な問いかけである。アクションラーニングは、その状況を、仕事そのものを題材にして現出させるのだと言ってもよい。

 

3つの重要な質問タイプ

 

私は、拙著「リーダーの質問術17手」において、こうしたアクションラーニングの本質を支える質問を17種に類型化した。それらをここで全部説明する事は到底できないので、17のうち、重要な3つの質問タイプを取り出して述べたい。

 

その第一は、セッション序盤での「最重要事実特定質問」。どう言うわけか、経営者、マネジャーと言うのは「Why質問」と「べき論質問」が好きである。それが嵩じると、事実をちょっと聞きかじっただけですぐに「それはなぜか」「ならばこうすべきではないか」とつながってゆく。「なぜ」と聞くのが悪いわけではないのだが、「Why」が好きな人は、多くの場合「何(What)」が起きたのかを十分聞き取らないうちに「Why」を連発する。そうすると、出てくるものは、問題提示者と質問者それぞれの本人の限定された経験の範囲での主観や情念、当て推量、が多くなる。それらは、セッションの中盤以降ではむしろ重要なのだが、この段階では、問題解決の道筋を大きく狭めてしまう。「なぜその部下はあなたの言う事を聞かないのですか」と問う前に、「あなたがいちばんまずいと思う、その部下の行動例を教えて頂けませんか」と言うような質問の方が序盤でははるかに重要である。が、経験を積んだコーチが促さないとなかなか出にくいものだ。

 

そう聞いたからと言って、すぐに最重要な事実を語る人の方が少ないかもしれない。誰しも肝心な事を聞かれたらぺらぺらしゃべれないものだ。だから守秘義務があるのだが、それでもすぐさま円滑にならない場合もある。だからそう言う事を語ってみたいと思わせる雰囲気が、質問者に備わっていないといけない。そう言う意味では、質問力は表現力ではなくて実は人間力である。世の多くの質問のノウハウ本はそこを語っていない。質問された人は、その言葉よりも、相手の、人間性や意図を見ているのだ。次に述べるタイプの質問には、そのことが如実に現れる。

 

最重要事実はたいていホンネとセットになって語られる。そうしたものが出てきた時に、「なぜそんなことをしくじったのですか」などとすぐにそれを評価、判断する質問をするとどうなるか。「よくぞ聞いてくれた」となる時は少ない。それよりずっと多くの場合「何とぶしつけな」と相手に感じさせ、彼が心を閉ざす方に作用するだろう。だからそこではまず、「感情移入質問」を投げかけるのが重要である。ひどい事実や失敗が語られた時には、まずせめて「そうですか、それは大変でしたね」と言っているだろうか。いや、口にする必要もないのかもしれない。「それは・・・・・」とじっと相手の目を見つめ、痛みを共有して沈黙してもよい。だいたいにおいて必要な沈黙を欠いた対話には深みが出ない。

 

感情移入ができたら、「視点切り換え質問」が重要になる。これがたぶん技術的にはいちばん難しい。逆に前号で述べたような優れた資質を持つコーチは例外なくこれがじょうずである。事態を定義し直すことは、問題解決にも行動変容にも非常に重要である。「大変お苦しいご様子ですが、つまり、あなたの能力をもってする以外、この事態が解決できないと誰しも認めているのですね。」などとタイミングよく聞けると、ぐっと雰囲気が変わる。

 

日常的場面なら、部下が、全体としては不満足な結果に終えた場合、動機づけがじょうずな上司は「何ができていないか」とはすぐ聞かない。「今回できたことは何か」を先に問う。それが今回初めてできたことだったらなおよい。「そうか、それができるようになったのだね、努力したのだね」と追加して聞ける。その上で「さて、このあとどうすればよいか」と聞く。結局同じ内容を話しているはずなのに数十秒質問を回り道するかどうかで、結果が随分異なる。こう言うのが視点切り換え質問である。

 

経営の神様松下幸之助氏は、このたぐいの質問が、文字通り神様のようにじょうずであった。ある部署を預かった部下が松下氏に報告に行く。「こんなにひどい問題があって大変です。どうしようもありません。」あなただったら部下にこう言われたら何と質問するだろうか。松下さんは、こう聞いたと言う。
「君、問題は、これだけしかないんか。もっとあったらよかったな。」
部下が目を白黒させる様子が、私たちにも目に浮かぶ。なぜもっと問題があったらよかったのか。その部下の預かった部署を一気に改革できるからである。若年(と言うより幼年)から修羅場をくぐり続けた人には、平然とこうした質問ができるようである。

 

さて、他の有効な質問を含め、これらを波状的に繰り返していると、必ず問題提示者本人が、自己とまっすぐ向き合う時が必ずやって来る。「つまりは問題は自分自身の内側にあったのだ」と深くふり返る。適切に質問を活用すれば、こうした省察は必ず生じるのである。アクションラーニングは問題解決と言う入り口をはるかに越えて、意識改革、行動変容に有効と言われるゆえんである。それは、他メンバーの深い共有に基づく質問力により生じる。これがアクションラーニングの成否を最後に分ける。

 

組織の運命を変えてしまう偉大な質問力

 

さらに言えば組織の運命を変えてしまう偉大な質問力と言う事もある。これは経営者の領域である。経営者の仕事は、毎日が自組織の命運を賭けた自問自答である。その意味で、研修室にはあまり行かないだけで、常住坐臥がアクションラーニングである。そうした数々の事例から、私たち一般の者が、自分の仕事に、人生に関し、深く学ぶことができる。

 

例えば誰でもご存じのホンダと言う会社がある。創業者は言うまでもなく天才技術者本田宗一郎氏である。しかし、誰しも必ず老いる日が来る。本田社長がいつまでもエンジンの開発技術に口を出し過ぎて若いエンジニア達が困り果ててしまったことがあった。彼らは藤沢武男副社長に何とかしてくれと泣きついた。こちらは経営の天才かもしれない。藤沢氏は本田氏を訪ねたが、技術的な事は一切聞かず、ただひとつだけ質問をした。「あなたは社長なのか技術者なのか、どちらかはっきりした方がよいと思う。どちらなのか。」本田氏はしばし沈黙ののち「自分は社長だ」とぼっつり答えたと言う。技術の問題から手を引くと言う意思表示である。

 

「ホンダと言う会社が、ついに宗一郎から手離れした瞬間だった」と後に藤沢氏は語った。実際、見事な引き際と言われ、二人共に完全リタイアしたのはこのわずか数年後である。当時は最後発の4輪車メーカーだったホンダが、今日のエクセレントカンパニーになったことには無数の要素があるだろう。ただ私には、その源流に、この藤沢氏の偉大な質問があったように思えてならない。

 

この本田・藤沢問答を初め、上記の松下幸之助氏も含め、真に力量優れた20余名の人物達の質問の偉大な影響力を、拙著「カリスマな質問力」に描写させて頂いた。この稿にご興味頂いた方にはご参照頂きたい。



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