実戦問答No.6


マネジメントの本質は実行できること

   ~ある管理職研修のインバスケット場面にて~ (2011.01.10)

拙著「アクションラーニング実戦術」の中で、リーダーシップ教育の本質について以下のように述べた(同書207頁)。

ある専門職の多い組織で、人事担当役員にアクションラーニング実施前にこう言われた。

「うちの社員は頭でっかちなのが多くて困る。すぐ『それは知っている』と言うから、『じゃああなたはそれができているのですか』と聞くと返事が返ってこない。何度も鍛練するしかないのですかね。」

この短いご発言の中に、リーダーシップ教育の本質がよく現れている。自分と言う主体を見つめなおすなどは無用なことで、客観的なスキルだけを学びたいと言うのは、マネジャーの教育としては全く間違った考えである。言い換えれば、リーダーシップというものは、論じるものではない。行うものなのである。

少し前に、これを例証する、とてもほほえましいよい例にぶつかったので、ご紹介したい。

 

場は、ある会社の初任管理職研修としてのマネジメント・アセスメントである。その時は、インバスケット演習であった。ちなみに、このインバスケット演習(案件処理演習)ほど臨場感をもって夢中になりながら実戦のマネジメントの意思決定を学べるゲームは、他にまずないと思っている。但し、ファシリテーターが、受講者の深い学びを引き起こす適切な質問ができれば、であるが。


その日、ある案件の発表があった。今後2週間あまり、上司(課長)である自分に対して部下から連絡が取れないと言う条件を設定されたみずからの不在中に、何を指示するかである。あるチームは、キャリア筆頭のある部下に、「代行権限を与えるので、不在中に生じた案件には、自分に代わって決裁をしてください」と言う旨の指示を書いた。これはマネジメントの教科書的には権限委譲として大変優れた指示である。そのチームが、所与の置かれた状況とその教科書の真意の両面を深く理解して行っているなら、実戦としても優れた指示と言ってよい。さてこの場合どちらなのだろうか。
 

すぐに他のチームから疑問が呈された。

「このような不明確な状況下においていきなり白紙委任的な指示をしては、結果として大きな誤りが起きるかも知れず、危険ではありませんか。」

この当然の問いに間髪入れずに明確に答えられて、権限委譲と言うものが本当にわかったと言うことになる。さてどうなるだろうか。
 問われた方の人は、ちょっと首をかしげて思わず

「・・・それもそうですね。」

 

と言ってしまった。教室中大笑いである。「門前の小僧習わぬ経を読む」「定石を覚えて3目弱くなり」とは、昔の人はよく言ったものだ。もちろんお経も定石も、まず慣れて覚えることから始めるしかない。だから、こうしたいろはがるたや川柳よりは、私はずっとこうした情景に対して肯定的である。全くの無手勝流では、必ず早いうちに停滞してしまうことは明らかだからだ。

 

大笑いがおさまった所で私は聞いた。

「まあ、そうすぐにカブトをぬがないで、今ここで考えてみましょうよ。こうした方がよいと思ったからこう書いたのでしょう。」

「そうです・・・。」

「で、危険だと言われた、それはもともとわかっていたのですか。」

「ええ、まあ・・・」

「わかっていてもそうしたのはなぜですか。それを訴えて欲しい。」

「はい・・・」

「どなたか助けてくれませんか。」

私は同じチームの他のメンバーに発言を促した。

「そうした方がいいからですよ。」

別の人がひどく明確な調子で答えた。この発言にまた周囲が笑う。こう言う時に進み出て来る人がいるととてもマネジメント研修らしくなる。

「ええ、ですから、どうしてその方がいいのか、みんなにわかるように話してくれませんか。」

「そうしないと、仕事がかたづかなくてどうしようもないじゃないですか。」

「そうですか・・・・・。いいですか?」

質問した方のチームに問う。

「ですから、その結果、間違いを部下がしてしまったらどうするのですか。」

「いやたぶんしないでしょう。だいじょうぶです。」

また教室が大笑い。

「そんなの、理屈になっていないじゃないですか。」

「いや、そちらのチームと違って私は部下を深く信頼していますからね。ところで、あなたの方のやり方では、仕事が全く停滞する。それをどう考えるのですか。」

「それは・・・・」

このリリーフ投手は、なかなかの論客、ディベーターだ。自分の方の弱点をたくみに相手の弱点の指摘にすり替えている。少し黙って見物していたが、どうも質問側の方が不利になってきた。

ただ、研修はディベートの勝ち負けだけを楽しむ場ではない。少なくとも私がこのクライアントから預かった使命は、ディベート術の向上ではなく、各自の言動を深くふり返ることによって、ディベート術の何十倍も範囲の広いマネジメント能力の向上を図る契機とすることである。よって、ファシリテーターとしてはそろそろ介入しなければならない。

「まあまあ、イニシアティブは、質問した側にあるのですから、質問された事から順に片づけましょうよ。」

「はあ・・・・・」

「それで、どうするのですか。部下がミスはしないかも知れないが、するかも知れない。」

「ええ・・・・・。」

「それをどう考えるのか答えてもらわないと。」

「ですから、私は、部下の能力を信頼していますから、そんな失敗はしません。」

「部下を信頼して活用すると言うことと、何が起きるかと言う状況判断の見通しは別物です。もし悪い目に出て、部下が何かしくじったらどうするのですか。」

このインバスケット演習の状況設定では、5年も10年も苦楽をともにした部下ではなく、ほぼ初対面なのである。

「それは・・・」

少し教室がしんとした。

「それがわかって、初めて本当に『権限委譲』がわかったことになります。このままでは教科書を覚えてきて書いただけに終わってしまう。もちろんそれはそれで、工夫して考えた指示であることは私は大いに認めた上です。が、どうせなら本当にわかった方がいいでしょう。」

「はい・・・・・。」

「さあ、今考えてください。どうするのですか。」

「・・・・・もし部下がまずい判断をしたら・・・・・」

「・・・・・」

「受け入れるしかありませんね。」

「・・・それで?」

「先生、それで、とは?」

「それで終わりだったら、相手のチームの最初の指摘のように、ミスを防ぐためには、あとで自分で確認してから指示した方がよいということになります。だから話に続きがあるでしょう。」

「・・・・・ですから、それもこれものみこんで、この状況では仕事を前に進める方が大事なのです。そんなことを恐れて2週間も、仕事を止める方がずっと害が大きいのです。」

「・・・・・」

よく言いましたねと私はほほえんでいる。人はこうしたきっかけで一皮むける。

「そう、少しくらい間違えたってあとで直せばいいのです。何もしないのがいちばんいけない。」

さらに彼は一気に言い切った。
 
「そうですか、よくわかりました。で、最後にもうひとつ聞きますが、もし部下がまずい判断をしたら、その責任は誰が負うのですか。」

「それは・・・・・」

「・・・そこがわかって権限委譲が全部わかったことになります。」

「・・・それは、自分の責任です。」

私はほほえみながらさらに問う。

「では、部下をつかまえて『君はなんだってこんなことしくじったのだね』とは言いませんね。」

「えっ・・・まあ・・・あまり追及しません。」

また教室中が爆笑だ。

「なんですか、その『あまり』と言うのは。」

「いえ、私の責任です。」

このやり取りを、どうか、これから10年も20年も部下を使う彼らは忘れないでいて欲しいものだ。逆に忘れて欲しくないから、私は、こうした場面で徹底的に質問をすることにしている。決断力、リスクテーキングを伴わない権限委譲や人材活用と言うのはないのだ。つまり、自分だけが安全な場所にいられる権限委譲、人材育成と言うのはないのである。だからこそ、時と所を選んで実行しなければならない。失礼ながら、現実の組織の中をあまりご存じない浮き世離れした評論家は、いつでもどこでも権限委譲するのがいいとおっしゃるから混乱する。今回の状況はまさしく五分五分であろう。

これを、もし意識調査などと言って「あなたは十分に部下に権限委譲をしていますか」とアンケートすれば、誰だってイエスと答えるに決まっている。しかし現実の場面で、以上のように「本当にわかって」実行している人はぐっと割合が減ることを、私は経験上知っている。冒頭の話のように「知っている」と「できる」はそのくらい違うのである。

私の専門分野に関して言えば、だから、アセスメントは、現実に演習を行わない限りできないので、質問紙やコンピュータでは決してできないのである。逆に言えば、マネジメントの本質は、原理的にはごくシンプルな事柄を、実行できるかどうかに尽きる。だからマネジメント教育は、かんじんな時の分析、状況判断、意思決定、指導力などを、事例を変えて幾度でも刷り込むのがよいと思っている。いざと言う時に迷わず意思決定できるようになれば、あとはたいていの事柄は自分で勉強すればよいからである。

もちろん、この例題が、権限委譲することが唯一の正解であるとか、そんなパズルのような事を言っているのではない。マネジメントには正解はないとはよく言われる通りである。問われるのは、自分なりの一貫した考え方で意思決定しているか、である。この場合、仕事が遅くなると言う欠点は承知の上で、帰任後一切に直接自分が関与し、正確に進めると言う意思決定もあり得るだろう。読者はどちらが好みだろうか。結果としていずれが妥当だったかは、状況やその組織の成り立ち、事業構造によることだ。大切なことは、選択肢と選択肢の間の利害得失を、その流れ行く状況の短い合間に、速やかに判断、決断しているか、なのである。 

こうしてどちらもあり得る一貫した考え、意思決定が複数並立すると、研修の討議は収束が近くなる。
 

 

この情景を、この場にいた人たちが、少しでも長く印象にとどめて置いて欲しいと、私はいつも切に祈る。



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