読書日誌1:「部下を持つすべての人に役立つ 即戦力の人心術」マイケル・アブラショフ著

2011.06.12)

このマイケル・アブラショフの自伝的著書を読もうと思った動機は、何年か前、米国のアクションラーニングにおけるひとつのモデルを確立したマイケル・マーコード教授の著書「リーディング ウィズ クエスチョン」(質問によるリーダーシップ、邦訳なし)を読んだとき、ずいぶん引用されており、強く関心を持ったからである。そう思っているうちに邦訳が出て書店で見かけ、飛びつくように買った。こう言う同期現象は大切にしないといけない。
 
アブラショフは、海軍将校だった。彼の名を高めたのは、ベンフォルドと言う軍艦の艦長としての、2年間の見事な成果とリーダーシップである。本著はその2年間のエッセンスだ。マーコード教授のほうでの引用は、もちろん彼の優れた質問の応用のしかたについてである。そのこと自体はその通りなのだが、本書を読んで、その人物の全体像の雄渾さに、改めて驚いた。
 
彼の姿勢に一貫しているのは「部下を守る」と言うことだ。
 
部下を守れば、部下は上司に心服する。そうすれば、チームは相乗的に大きな力を発揮し、成果を遂げる。こんなに理屈では簡単なことが、実行は容易でない。このアブラショフも「自分は40万人の組織の中間管理職のひとりに過ぎない」と言う。艦隊勤務以前には、自分の部下を怒鳴り散らす上司の前で部下を守れなかったことをいまだに恥じているとも書いている。その限りでは、彼も最初は私たちとあまり変わらないごく普通のサラリーマンのマネジャーだった。
 
それが、艦長になって一念発起してから、がらりと行動が変わった。自由に腕をふるえる場を待っていたかのような印象である。着任まもないころのあるできごとが、彼が部下の心服を得る大きなきっかけになった。
 
戦術の演習において、部下のアイデアを採用し、独創的と思われる提案を、上司である艦隊提督に行うと、すぐはねつけられ、旧来の伝統的戦術にて実施するよう指示してきた。これに対し、機密通信用の無線で、提督に抗議し、言い合うことになった。「ほとんど無礼といってよいくらい」な態度だったと言う。この無線は、ボタンひとつで艦内で聞くことができる。部下達が深山のように静まりかえって聞き耳を立てていたことは言うまでもない。結局指示はくつがえせなかった。しかし、前任者や多くの将校と全く異なる新艦長のこの行動を、部下達がどう見たかは、誰の想像にも難くない。
 
守ると言っても、思いつきの発作ではだめで、終始一貫しなければならない。早くも翌日その機会が来た。まもなくハワイに寄港する。部下達にとっては心待ちの休暇である。ところが、慣習で、軍艦の入港は、艦長の階級や着任順序によると定めらる。それに従えばアブラショフ達は最後になり、海上にて丸1日時間を空費することになる。それは全く無意味だと思った。提督に、2日続けて物申すことになった。
 
「1日早く入港したいのでご許可を願います。」
 
提督は、伝統主義者ではあっても自分の権威を守るために感情をあらわにする人ではなかったようだ。ごく不機嫌に問うた。
 
「何の理由のためか。」
 
考え抜いていた応答をアブラショフは一気に言った。
 
「1日燃料の無駄づかいになります。燃料は国民の税金です。機材の破損も1日早く修理できます。また、部下達を早く上陸させて楽しませ、士気を高めたいのです。以上3点の正当な理由があります。」
 
相手は、いまいましい感情をしずめるためか、せき払いをした上で、「許可しよう」と言った。これも例によって、無線で聞かれていたに違いない。艦内全体に歓声があがった。アブラショフ自身も、このあたりから、自分が、真の指揮官として部下達に受け入れられていったのを感じたと言う。
 
「今度の艦長は、自分の昇進よりも、われわれのことを先に考える人だ。」  リンカーンは、「人を統治する際は、その相手が認めてはじめてリーダーたりうるのだ」という意味のことを言った。これは政治の世界に限らず、どんな組織、企業にもあてはまる原理である。数千人の社員の社長でも、数人のメンバーのチームリーダーでも、本質において同じだ。
 
こうした本気で「部下を守る」行動が、このあとここに挙げきれないほど出てくる。こうした行動は、よほどの勇気と、自分の力量への自信が裏打ちされていなければなければ、貫徹できないばかりか、自分にもマイナスにはね返って来ることは容易にわかる。
 
しかし、こうした経験を一度すると、そのリーダーは、上司に少々煙たがられたり、昇進コースの軌道に正確に乗っているかどうかなどより、部下達との真のきずなの方が、いかに得がたいものかを学ぶ。なぜなら、人心が掌握されれば、そうでないチームや艦よりも、はるかに速く成果が上げられるからである。
 
人心掌握ができれば、あとは部下の能力を引き出し、なるべく自由裁量を委ねる。
 
「自由は組織に害になるか。」
 
彼は自問する。これは、私も含め、多くのマネジャーの苦悩でもある。こう言うときに「そんなことは悩む必要はないので、なるべく自由にやらせればいい」と専門家と称する無責任な立場の人に言われてうんざりしたことは、読者だけでなく、私だって幾度もある。アブラショフは続ける。
 
「それは自由の質による。エゴをさらけ出す自由ではなく、チームの成果を上げる方法を提案する自由なら大きなプラスになる。」
 
こうした言葉は、歴史に残る時評家の言葉のように、また秋のもみじのように鮮やかだ。
 
こうして成果を追求すれば、目まぐるしく変化する今日の環境にあって、「(旧式の)規則を守るべきか、破るべきか、どちらとも言えない状況」がひんぱんに現れる。「それを決断するために中間管理職がいるのだ」と言う挑戦心と決心が、彼に多くのめざましい成果をもたらした。21世紀になってからの10年は、どうも何でもかんでもコンプライアンスと言いながら、消極的行動の隠れ蓑とする風潮がないではない。これはそうした倫理基準の次元のことを言っているのではない。毎日実戦に身を置いているマネジャー諸兄ならすぐ意味がわかるだろう。かつて瀕死状態だったIBMを建て直したルイス・ガースナーは、「すぐれた組織は、こと細かな規則でなはく、原則により運営される」と言った。それと表裏一体である。
 
アブラショフはさらに言う。
 
「あやまちをおかさない人々とは、組織を改善するようなことは何もしていない人々のことなのだ。」
 
ますます筆が冴えてきた。訳者のウデもよいのだろう。形式主義や悪い状態がはびこったら
 
「大声で叫び、わめいて、人々がそれに注意を払うようにする必要がある。」
 
そのようにできたらどれほど痛快だろう。そして彼はそれをやり抜いたのだ。
 
乗艦ベンフォルドは、こうしていろいろな観点から、海軍トップクラスの実績を残すようになってきた。傑出した力量を発揮し出したアブラショフには、当然ながら他部署から嫉妬と猜疑を向けられる。彼がその後海軍を離れたのはその事とは無縁ではないかも知れない。しかし彼にはもはや不動の覚悟がすわる。
 

「傑出する者がいると言う事実に動揺したり、ねたんだりする者は、必ずいるのだという事実を受け入れてしまうことだ。それはこの世においてこれまでもずっとあったことだし、これからも必ずあることだと。」
 
これはまるで古代ローマのユリウス・カエサル(ジュリアス・シーザー)の言葉でも聞いているようではないか。
 
アブラショフの力量は、私たちにはすぐにまねができるものではないかもしれない。しかし、アブラショフの行動の部分部分には見習い実行できる点が多くありそうだ。そうして自分の行動を変えれば、目に見える景色が少しは変わって来そうだ。

 

 


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