読書日誌5:「グーグルで必要なことは、みんなソニーが教えてくれた」辻野晃一郎著

(2011.09.05) 

「ソニー本」と言うカテゴリーがあるとしたらいったい何冊くらいあるのだろうか。私も随分と読んだ気がするが、きっと全部で百冊ではきかないだろうか。そのくらい、ソニーと言う会社は、何しろあの名著「ビジョナリーカンパニー」でただ1社選ばれた日本企業であるだけに、外部の者からは光輝燦々としたイメージがあった。
 
本書は、最近のソニーの様子を生々しく写し取ってきたと言う意味では、それらの中で抜きんでた価値がある。著者は、慙愧の思いを込めて、2003年のソニーショック前後から、ソニーのガバナンスが乱れてしまったと言う。そしてその様子が、固有名詞入りで展開される。読む者がうめき声をあげたくなるような、筆者の社内政治場面の苦闘が続く。本書にも引用されるあの井深大氏の芸術のように格調高い設立趣意書が書かれてから、半世紀と少しである。
 
多くの「ソニー本」は、それ以前の、きらきらとしていたソニーに関するものであるのに対し、この本は、その前後にまたがっているのである。ガバナンスが乱れたあとのソニーは、これも数あるソニー本の題名のひとつになっているが、「普通」の会社になったようである。
 
本書は、前半3分の2が、ソニー時代、後半3分の1が、転職後のグーグルの様子に当てられている。その結果、現代IT業界、電機業界の大変良質な入門書ともなっている。
 
それにしても、ソニー時代の、社内政治の泥沼にはまってもがく筆者の姿は凄絶である。その中で、これだけの成果(VAIO、スゴ録など)を残して来た筆者の力量は並大抵ではない。しかも40才まで事業部経験のなかった筆者が、そのあと、社内政治の大波に翻弄されながら、わずか9年たらずの間に、多くのことを成し遂げた。IT業界の入門書であるばかりでなく、人間関係と社内政治に悩む幾百万のビジネスマンにとっても、傷んだ心を安んじるすばらしい叙事詩にもなっている。
 
カンパニープレジデントを務めていたあるとき、言うことを聞かずに反発し続ける、とても優秀な専門職肌の社歴先輩の部下とのとげとげしい折衝に互いに疲れ果て、当時の出井会長や安藤社長に相談した。すると、「どんな人でもうまく使えないとだめだよ」と無責任に?諭されてその後も努力したが結局うまくゆかず徒労に終わったと言う。こんなくだりは何とも苦い思いを共有した読者が多いのではないか。
 
そしてソニー末期のある時期の、次の血を吐くような言葉は深く印象に残った。創業者がつくったソニーの「ブランドバリューにただぶらさがり、食い潰すだけの人達が増えた結果がソニーショックを引き起こしたのだ。」
 
他方、ガバナンスが乱れる前のソニーらしい逸話がところどころに散りばめられていて、思わず読者がほっとする箇所もある。ああ、やっぱりソニーなんだなあと。
 
そのひとつを挙げると、筆者が管理職昇進試験を受けた時のこと。おえら方の前で自論を開陳できる時間はわずか5分だった。5分で十分な訴求などできるわけないと、はじめからこじんまりまとめる気などない筆者は、時間を過ぎてもとうとうと弁じる。ついに試験官上席が怒る。「君はいつまで話しているのだ!」ここで恐れ入らないのが筆者らしい。「5分で物を論ぜよとはそもそも無理です。」とやってしまう。退席を命じられむろん絶対落第だと思っていたら、あにはからんや昇進の通知が来た。人事本部長が「ああいう管理職がひとりくらいいてもよいではないか」と言ってとりなしたようである。こういう牧歌的な風景は、本来日本企業には、程度の差はあれ存在していたし、ソニーこそはその本家だったはずだ。
 
後半のグーグルでの話は、まだ時間がたっていないせいか、ソニー時代に比しては、生々しい話がぐっと少なく、グーグルの経営理念や事業ビジョンの説明が多い。もちろん内容自体大いに勉強になるのだが、少し年数がたったら、ぜひまた生々しいやり取りを著して欲しいものである。
 
功なり名を遂げた経営者の回顧的自伝でなく、サラリーマンが自身の経験を書いた企業内物語としては、なかなか類を見ない凄味である。比肩させるなら、アサヒビールでスーパードライを開発した松井康雄氏の「たかがビールされどビール」くらいしか思い浮かばないが、こちらは、20年を経てから筆を執られたと言う違いがある。
 
まだ残された活躍期間の長い著者の今後の活動ぶりを注目したい。

 

 

 


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