読書日誌6:「全員が一流をめざす経営 川越胃腸病院に学ぶ 働く人が輝き出す組織改革」金津佳子 宮永博史著

(2011.11.07) 

本書は、川越胃腸病院と言う、さほど大きくない病院──ベッド40床、職員120名──が舞台となったマネジメント書である。より言えば、本書の主人公、望月智行院長の2008年の自著「いのち輝くホスピタリティ─医療は究極のサービス業」の姉妹後編と位置づけたほうがよいのかも知れない。むろん自著の方が、ご本人の息づかいがはっきり聞こえてくると言う読む者としてのかえがたい感興があるのだが、今回は、2年後に編まれた分だけ情報量も増えているし、主観客観のバランスのよく取れた筆致ゆえ、掲題書を基軸に、所感を述べたい。

この本を当ホームページの読者に訴えた理由は、読書日誌2:「リストラなしの年輪経営」を採り上げた時と似ているかも知れない。

経営者は、人格的力量の問われる指導者であることと、能力がひたすら問われる事業を遂行する、ひらたく言えば収益を稼ぎ出すビジネスマンとしての両立ができることが理想だろう。しかし、それはどれほど難しいかことか。この望月院長は、見事にそれをなしとげているのである。しかも、医療と言う、つい最近までおよそ経営やマネジメントとはあまり縁がないと思われている世界でそれをなしとげたことには深い敬意を表したい。会社の規模が大手でなくて中堅になるほど、当然ながら経営者その人の上記両面の力量が、会社全体に大きくおおいかぶさって影響する。従って、本書は、会社の数としてははるかに多い、営利、民間の中堅企業の実戦経営論になっている。 以下幾つか望月院長の行動の軌跡を追ってみよう。

望月院長は、80年代なかばに、医療は「究極のサービス業」であると定義づけた。患者に感動を与えるのが医療だと言う。そのために、自分をはじめ、医療に携わる者は、一流の感性を持たなければならないと。書名はここに由来する。
 
その頃は今ほど顧客満足と言う考えは、営利企業でもさほど深くは浸透していない。まして病院はそうではなかった時代である。それだけでも新奇なのだが、何より驚くべきは、一貫して30年間、この経営理念を忠実に実行していることである。「ビジョナリーカンパニー」の初版に書いてあったように、大事なことは経営理念の中身よりも、それを心から信じて実行することであるのだが、望月院長もまさしく言行一致の人である。
 
その一環としてまず驚いたのは、顧客満足度調査を、1987年に開始し、以後20数年一度も欠かさず、かつ質問内容もほとんど変わっていないと言うことである。何という一貫性であろうか。大手企業も含めてそこまでの一貫性を持った会社がどれだけあるだろうか。しかも1987年当時は、病院の規模も現在の半分程度であり、それを20幾年続けていると言うことは、調査結果を真摯に受け止め、絶え間なく改善努力を行ってきた何よりの証左である。調べ放しにしておいて改善に手がつかなかったらここまで続けられるものではない。恐るべき根気、粘り強さである。自らが信じる経営理念に忠実でありたいと言う、望月院長の強い意思が、文字を通じて伝わってくる。
 
そうした努力の結果、医療過誤訴訟は、過去1件も起きていない。現実には程度は別にしてミスのない仕事などはあり得ず、医療とても同じであろう。言葉だけでなく誠心誠意患者に奉仕する姿勢が、本書のどの断面からも伝わってくる。これは、そうした経営理念の真の浸透の結果でもあろう。
 
医療と言う世界は、一般に人の定着が悪いと言われる。それは病院経営者の問題と言うより、もともと多くの職種が国家資格に裏打ちされた専門職で、しかも看護師などは人手不足の売り手市場であるから、より条件のよい勤務先を見つければ転職がしやすいという社会的背景が大きい。ところが川越胃腸病院では、現在はほぼ百パーセント定着なのである。これは、しっかりとした経営理念を構築し、それに合致する人材を選び出す手続に、幾度も丁寧に面接するなど、ここでも大変な労力をかけ、一貫した姿勢を堅持しているからである。なぜそのようにしているのか。
 
実は望月氏が院長に就任した頃は、氏も、他病院と同様、相対的に少しでも有利な条件を設定して、人材を採ろうと努力したのだが、ある時期から、それが全く徒労であることに気づいた。条件、おカネで、職場を選んだ人は、少しでもよい条件が現れれば、またそちらに移って行く。そいうことであくせくするよりも、経営理念を共有できる人材に長期にわたって勤続してもらう方が、結果としてずっと効率もよいし、患者満足も向上する。そう考えをすっぱりと切り換えた結果である。ここに、人材採用に悩む多くの中堅企業が学ぶ大きなポイントがありそうだ。面接などに幾度時間を掛けたとしても、不整合な人材採用の結果、仕事の引き継ぎやら教育やらで途方もなくむだな時間を費やすよりはるかにましではないか。もっともこのような物言い自体効率偏重と、望月院長にお叱りを受けるかも知れない。望月氏は、きっと、究極のサービス業を共に行う真の仲間、アソシエイツが欲しいのだとお考えに違いない。
 
ところで、川越胃腸病院の人事制度は「穏やかな成果主義」と自ら呼んでおられる。「仕組みは科学的、客観的に、運用の心は愛情を基本に」がその基本精神である。本書全編を貫いているものが、望月院長の、職員への愛情と深い信頼である。その上に、目標設定をしたり評価をしたりと言うごく普通の道具立てを取っている。制度そのものにほとんど新規性はない。私もこの種のセミナーでいつも言うことだが、中堅企業がこうしたところで奇をてらうとまず絶対にうまくゆかない(大手企業ももちろんうまくゆかないが、そう言う失敗を吸収できる体力があることが違う)。
 
ただ、普通の道具立てを活かすための工夫に熱がこもる。その最たる例は、望月院長自ら行う各職員との毎期のいわば「経営理念面接」である。通常の目標設定面接のほかにこれを行う。文字通り、経営理念の浸透のために行う面接である。こうした気の遠くなるようなエネルギーをかけるから、「穏やかな成果主義」がうまくゆく。成果主義の失敗例は、ほとんどが、「穏やか」つまりおおらかでなく、ひどく精密に(と言うより過剰に)制度をつくりこみ、あとは無人工場を動かすように、ボタンひとつでそれが精密に作動させ自動的に正確無比な評価結果がアウトプットされるのだと言う冷たい仮説に基づき運用された。それは結局、組織運営に深い傷を残した。
 
そうした成果主義とは正反対な運用である。理想の人事制度とはつまりは理想の人事制度「運用」である。人事制度は運用の方がはるかに重要であると言う宿論を持って行く先々のセミナーなどで話している私には、我が意を得たりと言うくだりであった。
 もちろん、以上のようなマネジメントの仕組みは、当然ながら、望月院長の目の届く範囲以上には組織を大きくすることはできないだろう。しかし、ユニクロや楽天やトヨタが、全地球の全消費者を相手にしなければいけないのはわかるが、そのような会社の方がはるかに少ないはずである。私たちが足元を見つめなおし、自分の仲間と顧客との関係を、ずいぶんと深く考え直させる書物であった。

 


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