実戦問答No.14


1年前のことをどうしてそんなに覚えているのですか~アクションラーニングとコミットメント~ 
(2011.05.30)

あるアクションラーニングセッションでこんなことがあった。

実は、この会社は、概ね1年に1度アクションラーニングを全管理職に対して行っている。あるメンバー、仮に島田さんとしよう、彼の問題は、部門間にまたがる課題に関し、なかなか会社方針を理解した行動を取ってくれない関係部署のある専門職との関係構築に関するものだった。努力家だが、ちょっと変わり者で、しかし弁は立つと言う。「強敵」である。要するに、島田さんの課題を展開してゆくためにはその人と前向きなコンセンサスを得なければならない。セッションが展開したある段階で、私が質問をした。

「その人は、去年の研修の、小川さんの問題に出てきたあの人と同じ人物ですか。」

ここにはその小川さんもいるし、島田さんと小川さんは、去年もアクションラーニングで同席している。

「そうです。先生、1年前のことを(部外者のあなたが)どうしてそんなによく覚えているのですか。」

「・・・・・」

私は無言で微笑して返答とした。

どうも最近アクションラーニングを「会話マナー術」と取り違えているようなコーチが増えてきて、いかがなものかと思っている。それはともあれ、コーチが、クライアントの信頼を得るためにいちばん大事なことは、会話術ではなくてコミットメント、深い関与なのである。1年前に同じクライアントでどんな内容のセッションをしたのか覚えていない、事前に確認していないと言うようなことでは、とてもプロのコーチ、人材開発に任じる者とは言えないのだ。ごく一般論として、その時々に思いついたことだけを話している人に敬意を払う人がいるだろうか。

私の場合は、たとえば過去5年つきあったクライアントのアクションラーニングに臨むのだったら、少々骨が折れるが、その5年分のセッションの記録を全部読み直す。参加メンバーが全く変わっても、である。すると、セッション中の判断のスピードが全く変わる、つまりとても速くなる。コーチの判断の速度と受講者の学びの質と量は間違いなく正比例の関係にある。2次関数的に増えると言った方が私の実感に近い。こちらが2倍留意すれば、ふり返りの深さは4倍になると言うことだ。逆を言えばすぐおわかり頂けよう。意味がわからないことをいちいち聞きただすコーチ、意味がわからないので、ただ黙って受け流しているコーチと較べてみて欲しい。どちらも、受講者の学習とふり返りに益をもたらさない。

このあともう少し会話が続いた。

「先生は、記憶力の訓練でもされているのですか。」

「いえいえそのようなことは・・・・・」

私は自分の使命に忠実であろうとしているだけです、と言葉を呑んで、話を別方向にしたい。

「それで・・・・・」

「そうなのです。同じあの人なのですが・・・・・。」

「それで、小川さん、あなたのほうは、その後その人との関係改善は進んだのですか。」

「ええ、まあまあです。」

「まあまあ、と言うのはどう言う・・・・(笑)」

「一進一退ですよ。まあしかし、前よりはよくなりましたね。いろいろはっきり伝えたから。」

「そうですか。それはよかった。そこで、小川さん、今日の島田さんの問題を聞いてどう思いましたか。」

「ええ、大変ですね。内容が、私のときより錯綜している。」

「島田さんに今、助言できることがあれば、ぜひお願いします。」

「そうですね・・・・・」

このあと小川さんは、1年前に自分の取った問題解決行動を引用しながら、今回の問題解決への助言を語った。島田さんは、じっと小川さんを見つめながら、真剣にメモを取ったことは言うまでもない。そして島田さんは、活き活きと小川さんにいくつかの質問をした。この場合、問題提示者の島田さんの学びが深まったことは言うまでもない。が、見逃してはならないことは、語った小川さんと他のメンバーの学びの合計量は、はるかにそれより多いと言うことである。

どんな場合にも歴史にまさる教材はないのだ。小川さんは、ごく最近の「自分史」を語った。アクションラーニングの創始者レグ・レバンスがまさしくその著書に描いた情景のように、スレート板に書きなぐったメモを、注意深くなぞってていねいに読み返すようにして、それを他のメンバー全員に伝えた。こうした時、語り部となった小川さんのふり返りがどれほど深いかは横で見ていればすぐわかる。そこにはその組織固有の珠玉のようなストーリーが一杯詰まっている。だから当事者二人だけでなく、その場の全員が深くそれを学んだ。

そしてその貴重な学びを、少々の楽屋裏の事前準備ををしたファシリテーター(筆者)が誘発させた。自画自賛で申し訳ないが、絵にかいたようなアクションラーニングの場面をつくれた。こう言うときは本当によいセッションになる。こうした会話が積み重なるほどに、メンバー達は、どっぷりとセッションに漬かり込む度合いが深くなる。そうするとチームの成熟も早まる。

もちろんコーチとしては、この時もそうだったが、帰り際に、「本当に今回もやはりあなたに来てもらってよかった」と言う態度でクライアントにご感謝を受ける。この世界で仕事をしていてこれほどうれしい瞬間はない。この仕事は、現場以外には、どこにも値打ちはないからだ。

「日常の仕事中にはあり得ない濃密な時間を過ごすことができました。」

これがこのセッションの、事実上リーダー格のメンバーの最後の感想だった。



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