その31:18の標準マネジメント能力要件…独自性その1

(2012.7.21)

この稿の執筆を、ずいぶん時間をあけてしまった。ひとつには少し忙しかったこともあるが、主たる理由は、この独自性と言う能力要件の説明の難しさである。

 

私たち組織人やサラリーマンが最も発揮しにくいのがこの独自性である。独自性とは、深い経験に裏打ちされた自身のマネジメント上の信条に基づく揺らぎのない自主独立の意思決定と実行である。だいたい組織の中で、社長や重役でもないのにそうした主張をすると、よほどの条件が整っていないと、まず大変な目にあう。「出る杭は打たれる」ことはほぼ間違いない。場合により排除されてしまうかもしれない。その主張や言動の妥当性とは全く別次元である。物の本に何と書いてあったとしても、出る杭を望む上司は、せいぜい百人に一人だろう。どう見てもこの独自性が抜きんでて高く見える、セブンアンドアイホールディングスの鈴木敏文会長は、その自著に「私のように物をはっきり言う者は、大度量の伊藤雅俊オーナーのもとでなければ3日でクビになっていただろう」と言う趣旨をおっしゃっている。至言である。

 

そういう行動がどれほど「危険」かは別にして、組織というものは、時にはそうした行動が現れないと、危機を克服できず、やがて衰亡することは確かだろう。先の福島の原発事故処理の初期段階で、やや軽率と思われる国の指示に断固従わずに自らの信念を貫いた現場の所長がいたことは、私たちの心に強く残った。あのような自主独立性に裏打ちされた行動がなければ、今も収束できないこの問題が、一層の混迷を深めていたであろうことは想像に難くない。

 

かつて、アサヒビールの頽勢を救ったのは言うまでもなくメガヒット商品のスーパードライだが、 辛口でキレのあるビールと言う当時としては全く独自性に富んだ商品コンセプトを主張したのは松井康夫氏だった。当然、常識に反したそんなものは売れないと言う反対がたくさんあったが、それを乗り越え、文字通り救世主の商品となった。

 

このように、組織の歴史を紐とけば無数の事例があるが、危機や衰亡の淵に瀕した時、組織には真に自主独立の行動が求められ、受け入れられる。本当は危機や衰亡に瀕しない、普通の時や成長期にそれが現れた方がよいに決まっている。かつて成長期だったソニーやホンダの物語のうち質の良いものを12冊読めば、ああした風土にあってはそういう行動がごく普通であったことがよくわかる。

 

起業家、アントレプレナータイプを自認する人だったら、この独自性はふつうの人より飛びぬけて高くないと事業成功の見込はまずないだろう。たとえばスティーブ・ジョブスや孫正義氏の独自性が尋常でないことは、誰が見てもわかる。こうして独自性の典型的事例と言うのは、どうしてもパイオニア的にあらゆる困難を打ち破ってきた創業的大経営者によるものが多くなる。そうしたストーリーはもちろん痛快ではあるが、私たちの日常とは少々異なるようだ。そうした内容を書いても、この稿にあってはあまり実戦的ではないかもしれないと迷い、それでペンがつっかえていた。何とかふつうの会社員の日常に置き換えられないものかと思っていた。

 

そう考えると、独自性は、その発露の初期段階では、ふつうの組織人が、まっとうな目的のもとに自分を守るためにも用いうる。

 

比較的若手(と言っても30代後半くらいの人まで含めて)の研修をお手伝いしていてよく出てくるフレーズが、「上司にこういう言い方をされたからちっともやる気がしない」である。その気持ちはよくわかる。そしてこういう時は独自性の分かれ目である。

 

「やる気がしない」から本当にやらない、力が入らないと言うことだとしたら、残念ながらその人の独自性は、現在は少し低い。これは典型的な他律性である。つまり自律性の正反対だ。

 

自律性が高い人はそうは考えない。上司が何であれ、何を言おうと、自分が行うべき仕事や役割、追求すべき専門分野が変わるわけではないのである。つまりぶれない。だから上司にいろいろつまらないことを言われたらおもしろくないし、そういう上司を尊敬できないと言うところまでは誰でも同じだが、その先が違う。自分を磨く行動をいささかも変えないのである。もっと自立心の強い人なら「早くあの上司を追い抜こう」と思うだろう。

 

話を上司の側に転じると、これを悪用して「やる気になるかどうかは部下自身の自己責任だ」などと言ってはもちろんいけない。上司はあくまで相手の状況、能力に応じて、動機づけを図らなければならない。これは当たり前である。プロ野球の名物監督だった野村克也氏は、やたらと選手をほめないと言うことをひとつの信条としておられた。が、それはサラリ-マンの世界とは前提の根本が異なることに注意が必要である。プロ野球なら、昔ほどではないにしても、入りたい人はいくらでもいるのだし、入った以上速やかに不可欠な戦力にならなければやってゆけない。そうした人たちをいちいち小さなことを見つけてほめて動機づけるなど言うのは、とりもなおさず相手を一人前扱いにしていないと言うことだ。他人から動機づけられなければ努力しないと言うような選手が第一線で活躍できる見込みはまずないのである。この場合、自律性は、職業の前提要件である。

 

しかし私たちがごく普通の組織でごく普通の部下、つまり自律性が完成していない部下を預かったら、細心の注意を払い、動機づけ、励まし、時に注意したり叱責したりしながら使いこなし育ててゆく以外にない。

 

話を戻すと、それほどやすやすと上司に言いたい放題の雑言を言われるのだとしたら、上司の人格の評価を論じる前に、自分の自立、独自性が足りないことに思いを致したほうがずっと生産的である。こうした場合、たいていは、部下のほうが、準備不足、思案不足、覚悟の不足等々、要するにすきだらけである。上司と部下とで、すきをうかがいあうのがよい関係だとは私も思わないが、そういう上司ならしかたない。まずは自存自衛のために、防衛的独自性を構築するしかない。それで自分の注意深さが高まれば、そんな上司でも、自分の向上に結果として益したのだ。

 

以上に関連して、ワタミ創業者の渡辺美樹氏の著書「強運になる4つの方程式」に、面白い場面があったことを思い出した。読者からの質問に答える場面である。

 

その質問は、要するに、いろいろあって上司とうまくゆかなくて悩んでいるがどうしたらよいかと言うことである。こういう悩みを持つ人は、日本中に何百万人もいるに違いない。こんな時多くの評論家、行動科学者、教育の先生は、「その上司の悪い点ではなく良い点はどこか」「相手を変えるのは難しいので自分を変えられる面はないか」などとアドバイスをするのが常である。こうした助言は、一時の気休めにはなっても、たいてい問題の根本解決にはならないと、実はほとんどのサラリーマンは感じている。お経のようなもので、何十年もそう念じていればその本当のありがたみがわかるのかも知れない。なかなかそこまで待ってもいられないので、「まあいずれ上司か自分かどちらかが転勤するまでのことだ」とそのくらいには割り切って勤務できれば、前稿の「ストレス耐性」はまずは普通以上に強いとは言える。人と人とは、特に利害と好悪の感情がからんだ時には、そう簡単にわかりあえるものではないのだ。

しかし、渡辺美樹氏のアドバイスは、いかにも氏らしく、上記のような評論家的なものとは、およそかけ離れた雄渾なものだ。「上司のレベルがあまりにも低いために悩んでいる場合も、そういう上司しかいない会社を選んだあなた自身の責任なのです。レベルの低い上司が悪いわけではありません。」と、まず問題の本質を一刀両断している。そういう人ができることはふたつだ、と言う。第一に、その上司と戦い、2段上の上司と話し合い、自分のポジションを構築すること。第二に、そういう会社を選んだ過ちを認め辞めること。どちらにするかは、自分が決めればよいのだから「悩む必要などなにもありません。」「悩んでああでもないこうでもないと言っていること自体が人生の無駄なのです。無駄な時間を過ごせば過ごすほど、負のエネルギーがたまり、運が逃げてゆくのです。」

 

これを読んで、「なるほど何と自分はつまらないことを悩んでいたのだ、明日から、いや今日からでもそのようにしよう。」と実行し、何らかの成果が挙がれば、それは独自性が少なくとも4点、いや5点に近い行動と言ってもよいかも知れない。

 

しかしほとんどの人は、そうは思わないだろう。この質問者も、「上司とうまくやってゆく方法を知りたかったのだ」と感じているかもしれない。しかし独自性が高い人はそのようには考えないのである。「そんなことはもとより無理だし、無意味だ」と考える。なぜなら上司はパワーを持っているのであり、別段無理に部下である自分とうまくやってゆく必要性などは、特にこのような場合感じていないのが常である。だから自分が力を着けて局面を打開する以外にない、と。独自性の高い人は、状況に合わせようとはしない。状況を変容させるか、みずからつくりだそうとする。よって、「積極性」の高い人はなまいきなやつだと思われる程度で済むが、独自性が高いと一般に危険視されるのはそのゆえである。会社方針に「変化、挑戦、現状打破、破壊的創造」などといくら書いてあっても、独自性が高い人は煙たがられる方が、割合としてははるかに多い。住み慣れた職場環境をやたらとつくりかえられたり、壊されたりしたらたまらないではないか。その場合、決まり文句としてそして協調性を欠いた人物だと評される。しかし、これは協調性とは何ら関係ない次元である。

 

力量が常人とかけ離れた渡辺氏が気づいていないか忘れてしまっているのは、そうした上司でさえ、今の自分よりはキャリアが上だから簡単には追い越せないし、そうである以上2段上の上司の支援も期待できない。と言ってそんなに簡単に会社を辞めるわけにはゆかないと感じている人がいちばん多いことである。

 

ならばどうするか。一歩一歩力を蓄え、上司にほしいままに振る舞わせることをまずはやめさせたいと今までよりは深く決心すれば、「独自性」の入り口に立ったと言うことだ。

 

堀場スプリングの創業者堀場雅夫会長がおもしろい事をご著書で言われた。「たたくやつより上回ればいいものを、半身に構えて少しだけ出ようとするから、すぐねらいを定めてガツンとやられる。」「たたく人間の背より高くなったら相手もたたく気がしなくなる。」だから人は「出過ぎた杭」になれば打たれることはないと。「半身に構えて」と言う表現が独自性の不足をうまく言い当てている。

 

なお、渡辺氏の「あなた自身の責任なのです」と言うフレーズは、要するに「自責性」だが、これは独自性のひとつの基礎である。基本的に他責的な行動が多い人の独自性は高まらない。

 



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